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神戸地方裁判所 昭和36年(行)2号 判決 1965年3月04日

原告 水池栄吉

被告 兵庫県知事

訴訟代理人 前川百夫 外二名

主文

被告が、昭和二二年一〇月二日訴外藤江半次郎に対してなした別紙目録(一)記載の農地に対する売渡処分のうち、同目録(二)記載の農地に対する部分は無効であることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一は被告の、その余は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、被告が、本件農地を、自創法第三条第五項四号に基づき昭和二二年一〇月二日買収のうえ、同日同法第一六条同法施行令第一七条第一項一号により訴外藤江半次郎に対し売渡処分をしたことは当事者に争いがない。

二、被告は本案前の答弁として、原告が仮に右買収売渡処分の当時本件農地につき小作権をもつていたとしても、現在では原告は右売渡処分の無効確認を求める法律上の利益を欠き当事者適格を有しない旨主張するので先ずこの点につき考察する。

本件売渡処分の無効が確定されたとしても、本件農地は売渡前の状態すなわち政府の所有となるのみで、本件農地の所有権が必然的に原告に帰属する訳ではなく、原告の所有となるためには、被告が現行農地法(第三六条以下)に基づき、原告に対し新たな売渡処分をなすことが必要である。この場合、原告がその主張のとおり本件農地の一部分につき正当な耕作権を有する小作人であるとしても、被告はさらに、原告が「自作農として農業に精進する見込があるもの」であるかどうかを決定すべき裁量的権限を有するものであることは被告主張のとおりである。

しかしながら、原告は本件農地のうちその主張部分を、本件農地買収の当時から現在まで引続き耕作権原に基づいて耕作の用に供している小作農であること、他に自作田二反九畝二四歩を所有する専業農家であつて農業に精進する見込のあるものであることは後記認定のとおりであるから、原告は少くとも右耕作部分(小作地)については現行農地法のもとでも売渡の相手方となり得る資格を有するもので、右の資格ないし地位は原告のため法律上保護すべき利益といわなければならない。

そうすると、原告が本訴で本件売渡処分はその当時自創法のもとで法定の第一順位の買受資格者であつた原告の地位を無視してなされた違法があり、それは処分の全部無効事由にあたる旨を主張し、右処分の無効確認を求める原告の本件訴が、行政事件訴訟特例法のもとで提起された訴で、しかも被告に対し、拘束力をもつ判決を得ることの必要な本件事案においては、訴の利益ないし当事者適格を欠く違法な訴ということはできないものと解する。

三、よつて進んで本案につき判断する。

(一)  本件農地はもと小野市黍田町(旧来住村黍田)居住の有志をもつて組織する稲荷講が実質上所有していたのであるが、登記簿上は訴外稲岡善一郎外一七名の共有として登記されていたこと、被告は本件農地を昭和二二年一〇月二日自創法第三条第五項四号(法人その他の団体の所有する小作地)に基づき買収し同日同法第一六条同法施行令第一七条第一項一号(買収の時期において耕作の業務を営む小作農)に基づき訴外藤江半次郎に売渡しの処分(本件売渡処分)をしたことは当事者間に争いがない。

なお、被告は先になした「本件売渡処分の当時原告が本件農地のうちその主張する部分を占有耕作していたことを認める」旨の自白は取消す旨陳述するけれども、右撤回に対しては原告において異議を述べているから、被告は右自白が事実に反し錯誤によるものであることを証明しなければならないのであるが、後記認定のとおり右自白が事実に反するものであることを認め得ないから、右自白の撤回はその効力がない。

(二)  そこで本件農地に対する前記売渡処分の当時(自創法によると買収の当時の小作農が売渡の相手方とされているので、正確には本件買収処分の当時というべきであるが、買収処分、と売渡処分が同日になされているため、当事者の主張用語に従い、以下便宜本件売渡処分当時という)原告が本件農地の小作農であつたかどうかを検討する。

証人藤木太郎(第一、二回)、同藤江半次郎、同稲岡丈七、同小倉重二の各証言及び原告本人尋問の結果(但しいずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件農地はもと前記稲荷講の所有地として講員が共同して耕作し、その収益をもつて稲荷神の祭祀または講の維持経営費にあてていたのであるが、支那事変、大東亜戦争と戦時態勢が強化されるにつれ講員の人手不足を生じ、供出制度とも相俟つて共同耕作が困難となつたため、昭和一七年頃からは講員の一人で講の会計などの役員をつとめていた訴外亡広瀬竹治が老令ではあつたがなお壮健であつたため、講員の総意により本件農地を耕作管理することとなつたこと、しかし同人も本件農地の全部を自ら耕作した訳ではなく、また本件農地は水保ちが悪く田としては不向きな点もあつたので、その或る部分を区分して二、三人の者に耕作させていたこと、原告は少くとも右昭和一七年当時及びその以後は本件農地のうち東側の原告主張部分を耕作しており、右広瀬竹治もこれを承認し、原告は毎年右広瀬の請求する小作料を同人に支払つてきたこと、また広瀬は講の総会などで原告の右耕作事実を報告したことがあるばかりでなく、講員の多くは原告の右耕作の事実を知つていたが、本件農地の耕作管理者である右広瀬の処置に対して何ら異議を述べなかつたと推認し得ること、右広瀬竹治は昭和二〇年一一月一〇日死亡したため、同年一二月講の集会において協議のうえ講員の一人である訴外藤江半次郎が広瀬のあとを受け、本件農地の耕作管理を引受けることとなり、翌二一年頃から同人も本件農地のうち原告耕作部分の西側一畝歩余をその家族をして耕作せしめるに至つたこと、右同人は耕作管理者として他の耕作者より作料の支払を受領すると共に自己の耕作部分についても応分の作料を講に支払つていたこと、原告は右藤江が耕作管理者となつた以後本件売渡処分のなされた当時はもとより右売渡処分後も同人に右耕作部分に対する小作料を支払つてきたこと、原告は本件農地の耕作部分を除き他に自作田二反九畝二四歩を所有し農業を生業とするものであることがそれぞれ認められる。なお原告は前記耕作部分以外の部分についても管理権を託されていた旨主張するけれどもこの事実は認められない。前掲証拠中以上の認定に反する部分はたやすく措信しがたく、他に右認定を覆えすべき証拠はない。

以上の認定によると、訴外亡広瀬竹治は本件農地につき前記期間少くとも耕作上の管理権限を授与されていたものであり(この点に関する被告の主張は認容できない)原告は同人の承諾のもとにおそくとも昭和一七年以降は原告耕作部分につき小作権(賃借権)を取得して現実に耕作の業務を営み、本件売渡処分の当時右耕作部分に関する限りは適法な小作農であつた。そして右小作は一時的な特別事情によるものではなかつたというべく、訴外藤江半次郎は本件農地全部の耕作管理者とはいえ少くとも原告の右耕作処分については、現実に耕作せず、耕作の業務に供していなかつたものであることが明らかである。

(三)  次に訴外藤江半次郎が本件売渡処分の相手方とされた経緯をみるに、証人藤木太郎(第一、二回)、同稲岡文七、同藤江半次郎の各証言(但し後記措信しない部分を除く)に弁論の全趣旨を綜合すると、本件農地怯自創法の施行にともない同法第三条第五項四号同法第一六条により買収並びに売渡しされることとなつたのであるが、稲荷講員は本件農地が講員以外の者に売渡されることを避け、講員の誰かが売渡しを受け(原告は他部落からの移住者で講員ではない)自創法施行後もその者の個人所有の形態で実質上は講の所有とする従前の所有形態を維持しようと考え、協議のうえ、訴外藤江半次郎が本件農地につき前記のような関係があり、しかも本人は村役場に勤務していて信用がありその耕作面積は二反以下で自家労力にも比較的余猶のあるところから同人に本件農地をその小作人として買受けて貫うこととし、同訴外人も右趣旨のもとに売渡の相手方となることを承諾し、同訴外人名義で政府に対する買受申込がなされ、来住村農地委員会は同訴外人を売渡の相手方とする買収並びに売渡計画を樹立しこれが確定したため、被告は右計画に基き自創法の前記法条により本件農地を買収のうえ同人を同法第一六条同法施行令第一七条第一項第一号(本文)該当者と認め同人に対する本件売渡処分をなしたものであること、がそれぞれ認められ、前掲証拠中以上の認定に反する部分は措信できない。しかして稲荷講員らの前記の如き考え方は全く自創法の法目的に反するものと評すべきである。

なお、本件農地の売渡処分について原告が買受の申込をしていないことは原告の認めるところである。しかしながら証人小倉吉三郎の証言及びこれによりその成立の認められる乙第一号証に原告本人尋問の結果を綜合すると、本件農地所在地の当時の来住村農地委員会は、自創法による農地の買収売渡計画を樹立するにつき、地区在住の農地委員に現況の調査をさせ、来住村黍田部落においては当時の農地委員であつた右小倉吉三郎が調査の任に当つたのであるが、自創法第六条第四項は「農地委員会は農地買収計画を定めるためには自作農となるべき者の農地を買受ける機会を公正にすべきこと」を規定し、また農地調査規則(昭和二二年農林省令第二号)は市町村農地委員会は当該市町村区域内にある農地に関し各筆毎に耕作者の氏名等所定の調査をなすべきこと」を定めているに拘らず、同人は本件農地についてはその現実の耕作者及びその耕作権原等を調査することなく、その調査用紙(乙第一号証)を何故か直ちに前記藤江半次郎に渡し、同人の記入報告(所有者稲岡善一郎外一七名、耕作者藤江半次郎と記載のもの)を受けこれを農地委員会に提出したものであること、従つて原告は本件農地の耕作状況については何らの調査を受けておらず、当時としては本件農地が買収売渡計画の対象となつていることを知らなかつたため買受の申込をしなかつたのであつて、耕作をしない意思または買受をしない意思で申込をしなかつたものではないことが認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

(四)  そこで本件売渡処分の効力につき検討する。

本件売渡処分が自創法第一六条、同法施行令第一七条第一項一号によつてなされたものであつて、その他の法条によるものでないことは被告の自認するところであり、当事者間に争いがない。しかして弁論の全趣旨によれば被告のいう同令第一七条第一項一号はその本文を指すものであることが認められる。

ところで、同令第一七条第一項一号は第一順位の売渡の相手方を定めるものであつて(イ)同号に定める小作農であることと(ロ)自作農として農業に精進する見込のあるものであることを要件とする。しかして(ロ)の要件の判断については被告にある程度の裁量権があるものと解せられるから、その判断を誤つたとしても、それが著しい誤認でない限り、取消事由となるのは格別無効事由とはならないというべきであるが、(イ)の判定については自由裁量は全く認められず、もつぱら同号の定める小作農に該当するかどうかの法律的判断に拘束され、もしその判断を誤つたときは無効事由となるものと解すべきところ、小作権(賃借権、使用借権)は一筆の土地でもそれが量的に可分である限り、契約上その土地を区分してそのおのおのに独立の小作権を設定し得ることはいうまでもない。しかして原告は前記(二)認定のとおり、本件農地のうち原告主張部分につきおそくとも昭和一七年以来本件買収売渡のときまで(さらにその以後も)引続き独立して耕作の用に供し小作料を支払つており、訴外藤江半次郎は少くとも右部分については耕作の用に供していなかつたことが明らかであるから仮に訴外藤江半次郎が耕作管理者ではなくて、本件農地全部の賃借人であり、原告はその主張耕作部分についての転借人であつたとしても、少くとも右買収売渡処分の当時、右藤江と所有者間の賃貸借、右藤江と原告間の転貸借が有効に存在している以上(本件では有効に存在していたと認められる)原告は右耕作部分につき自創法にいう小作農であり、右訴外人は少くとも右部分に関する限り小作農でなかつたと解すべきである。(ちなみに自創法第二条は、耕作の業務を営む者が借借権、使用借権等に基きその業務の目的に供している農地を小作地と定め、小作地につき耕作の業務を営む個人を小作農と定めている。)しかして、前認定のとおり本件売渡処分の当時原告に「農業に精進する見込のあるもの」と認めることの妨げとなる事由は何ら存在しなかつたのであるから、来住村農地委員会は本件農地の買収売渡計画を樹立するについては、原告の前記小作地につき第一順位の買受資格者である原告の地位を保護するため自創法上の方法をとるべきであつて、若し本件農地を分割細分することが適当でないならば他の交換分合等の方法により自作農創設の適正を図る必要があり、そうでなければ原告の耕作部分を分割して原告に売渡すべき計画を樹立し、被告は右計画に従い右部分を分割して原告に売渡す処分をなすべきであつたといわなければならない。(昭和二二年三月一〇日付二二農局第三九二号(農務局長通達)農地等の買収売渡事務処理要項参照)。本件農地に分割を不可能とする客観的事由のあつたことはこれを認めるべき証拠がないのであるが、仮に分割することのできない、場合であつても、農地委員会は前記の方法を講ぜずして、農地の一部分にせよ第一順位の買受資格をもつ小作人に公正な買受の機会を与えないまま、その小作権を無視しこれを一方的に消滅せしめるような売渡計画を樹立し得る裁量権をもつものではない。

しかるに来住村農地委員会は、前記のとおり法定の調査義務を怠り、本件農地の実際の小作関係を調査せず、原告の有する前記小作権を全然無視して、少くとも原告主張部分については小作人でない訴外藤江半次郎を本件農地全部の小作人であると誤認して前記の計画を樹立したものである、換言すれば農地委員会は本件農地につき原告と同訴外人が共に同一順位の買受資格を有する小作農であるとの基礎に立つて「農業に精進する見込のあるもの」の判断として、右訴外人を売渡の相手方となる者と認定したものではないのである。そうすると、被告のなした本件農地売渡処分は、少くとも原告の耕作(小作)部分に関する限り、自創法第一六条同法施行令第一七条第一項一号に違反する売渡計画に基きその瑕疵を承継してなされた違法な処分というべく、そして右違法は処分の無効原因となるべき重大な瑕疵で、しかも担当機関においに本件農地の耕作状態の具体的調査を実施していたならば、数年間に及ぶ原告の耕作事実及びその権原を容易に発見し得たものと解せられるから、右の瑕疵は客観的に明白な瑕疵というべきである。

もつとも、買収農地の売渡計画は買受の申込をした者を相手方としなければならないところ(自創法第一八条同法施行令第一八条参照)原告がその買受の申込をしていないことは前記のとおりであるが、その理由は前認定のとおり、その機会を与えられなかつたためであつて、耕作しないつもり、または買受けしない意思で買受の申込をしなかつのではないのであるから、前記無効の判断を左右し得べき事実ではないと解する。

ところで、原告は前記の瑕疵を帯びた本件売渡処分は全部無効であると主張する。なるほど右処分は一筆の農地に対しなされた一個の処分ではある。しかしながら、一筆の農地に対する一個の処分であつても、その効力の及ぶ目的物は性質上量的に分割することの可能な土地であるから、それが事物自然の形態上分割が不能であるとか、その他分割することに客観的な著しい障害事情が存するような特別の場合、または行政処分の性質内容からその効力を一体的に観察しなければならない場合を除き、右処分はその効力の量的な面で区分して観察し得るものといい得る。従つてその一筆の土地の一部分について存在する権利との関係上行政処分に無効原因が存在し、その部分が明確に特定でき、しかもその部分の効力を否定すれば足りるような場合には、処分の当該部分に対する効力のみの無効確認をすることが法律上許されるものと解すべきところ、本件農地及びその売渡処分について前記の除外事由が存するものとは解せられず、また原告は本件農地のうち前記耕作部分以外の部分については、本件売渡処分の当時も現在も共に小作権を有しないこと前認定のとおりであるから、原告の小作権を保護するためには、原告の前記耕作部分についての効力のみを否定すれば足りるものというべきである。さらにまた、本件全証拠によるも、訴外藤江半次部を売渡の相手方と定めた本件農地処分のうち、原告の前記小作地を除くその他の農地部分について、これに処分の当然無効を生ぜしめる重大明白な瑕疵があるものとは認めがたいから、本件売渡処分は原告主張の原告耕作部分(小作地)に関する限り無効と判断すべく、その他の部分については無効と断ずべき理由はない。

(五)  以上のとおり、被告のなした本件農地売渡処分は別紙目録(二)表示の農地部分に関する限り無効というべきであるから、原告の本訴確認請求を右の限度で認容し(原告の本訴請求はその主張自体及び弁論の全趣旨に徴し、右の一部無効の確定を求める申立を包含するものと解せられる。)その余の請求は理由がないものと認め棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 林田益太郎 尾方滋)

別紙目録<省略>

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